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After5 Lab Bandのビッグバンド論
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After5 Lab Bandのビッグバンド論
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After5 Lab Bandのビッグバンド論
ここはAfter5 Lab Bandならではの切り口でビッグバンドを語り尽くす場です。
【ビッグバンドmusician_vol.3】Mel Lewis
Location:
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After5 Lab Bandのビッグバンド論
Posted by:
host
2008/04/06 9:20
ビッグバンドファンには「サドメル」とセットで語られることが多いですが
彼自身ミュージシャンの「兄貴分」的存在として多くのミュージシャンに
影響を与えていた。
また「サドメル」に関しては、その時代背景を考慮する必要があります。
バンドの設立が1966年。この時代は
1964年7月2日に公民権法が制定され法の上における人種差別が無くなったものの
1965年2月には黒人差別指導者として有名なマルコムXが暗殺されるなど
まだまだ人種差別の問題が根強く残っていた時代。
このような時代に白人であるメル・ルイスと黒人であるサド・ジョーンズが
やや斜陽の時代に入っていたビッグバンドというスタイルで
双頭バンドを組んだということは衝撃的な話であったと考えます。
まさに音楽に国境も人種の別も無いことをそのまま世間に知らしめたわけです。
私自身「メルルイスジャズオーケストラ」の音楽に初めて触れたのが「American Express」
という曲です。当時大学1年生だった私が高校のOBバンドでやった曲ですが、
もうその圧倒的世界観と洗練さ、そして常に前衛的であろうとするチャレンジングなアレンジに
猛烈にハマりました。ビッグバンドが持つダイナミズムとジャズとしての即興性が
楽曲の中に溢れんばかりに盛り込まれており、当時の私には刺激が強すぎたかなとも
思います。
その後も彼の音楽を演奏する機会は多かったですが、その度に感じたのが
「混沌とした中にもこだわりを持って演奏することの大切さ」
音楽のもつ力強さを彼の音楽を通じて学ばせてもらった気がします。
・Wikipediaより「Mel Lewis」
メル・ルイス(1929年5月10日-1990年2月2日)は
ジャズドラマーであり、バンドリーダー。
ロシア系移民者の子供としてニューヨークはバッファロに生まれた。
生まれ名は「Melvin Sokoloff」
彼は10代からプロとしての活動を始め、1954年にスタン・ケントンバンドに参加する。
1957年にはロサンゼルス、1963年にはニューヨークにて活動する。
1966年にはニューヨークで、サド・ジョーンズとともに
「サド・ジョーンズ&メル・ルイスビッグバンド」を興した。
このバンドは街のトップクラスのスタジオミュージシャン、
ジャズミュージシャンが非公式にジャムセッッションしていたのがキッカケで、
かの有名なビレッジバンガードにて月曜日の夜に定期的に演奏するようになった。
1979年にはミュンヘンでのライブ版がグラミー賞に輝く。
1976年には「Mel Lewis and Friends」と題したアルバムをリリース、
自由で即興性を重視したより小さいセクステットによる演奏であった。
「サド・ジョーンズ&メル・ルイスビッグバンド」は1978年にサドジョーンズが
デンマークに行ったことで「メル・ルイスジャズオーケストラ」となった。
彼はビレッジバンガードでの月曜夜のライブを続け、レコーディングも行った。
結局60歳に癌にて亡くなるまでそれは続いた。
このバンドはビレッジバンガードにて月曜夜に最も多く演奏し、
今日「ビレッジバンガードジャズオーケストラ」となり、何枚かのCDもリリースしている。
メル・ルイスのプレイは独特で時に厳しい批判にさらされることもあったが、
真似ることが事実上不可能であるとも認識された
(バディリッチはかつて「メル・ルイスは彼以外に他に誰も出来ないサウンドを持っている」と言っていた)
彼は生粋のトルコ製シンバルでの演奏にこだわり、後年にはジルジャンからイスタンブールに変えている。
彼のセットは右に20インチのライド、左に18インチのクラッシュライド、
そして特徴的なのが彼の右手離れた位置に鋲がうたれた「ノッカー」という22インチがあった。
これらのシンバルによるダークで豊かなサウンドが天然の子牛の皮のヘッドで作られた
(繰り返しになるが、彼はとても純粋なのであった)
ウッドシェルのドラム(彼は殆どグレタ製のドラムでプレイしていた)
による豊かで暖かみのあるドラムと相まって宝石のようなサウンドを醸し出していた。
彼は自身のプレイ哲学を「”押したり引いたり”ではなく”サポートすること”だ」と記している。
”あなたが私のプレイを見たら、あまり多く叩いているように見えないだろう”彼はインタビューにてそう答えている。
これは彼の微妙であるが高い音楽性を有したスタイルを現している。
彼は長時間殆ど汗をかかずにプレイ出来た。
彼は見かけ倒しでただうるさいだけのドラマーではなかった。
彼はグラミー賞に14回ノミネートされ、
ドラミングの教則本を書き、ニュージャージー州のウィリアムパターソン大学にて講義も行った。
・アマゾンより「Mel Lewis」の楽曲紹介
Mellifuous
BlueNoteはまさに珠玉の名曲かと。
Naturally
ゴリッとしたサウンドとグルーヴ感がたまりません。いい感じにルーズです。
To You: A Tribute to Mel Lewis
メンバーがいかに愛してやまない存在だったのか、サウンドからにじみ出ています。
Live at Village Vanguard
「DingDongDing」これほど曲名と曲の内容が一致する曲も珍しいのでは。
20 Years at the Village Vanguard
どの曲も完成度が凄まじく高いです。しかもこのアルバムでしか聴けない曲もあり。
Soft Lights and Hot Music
大曲を淀みなく構成出来る。このバンドの音楽性の高さを実感出来ます。
・You Tubeより「Mel Lewis」の映像紹介
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